オースチンAの概要
オースチンAは、イギリスのオースチン社と日産自動車との技術提携により生まれたモデルです。
オースチンAが誕生を迎えたのは、今から実に56年前の1952年10月まで遡ります。
その年、日産自動車はオースチン社と提携して2,000台のノックダウン生産で車を製造する事になります。
尚、ノックダウン生産とは、他の国や企業で生産された製品の主要部品を輸入して現地で組立や販売をする方式の事を表します。
そのような背景から誕生したのが、日産自動車とオースチン社との提携モデルの記念すべき第一号車オースチンA40です。
このオースチンA40は、別名A40サマーセットとも呼ばれていました。
その2年後の1954年2月には、A50ケンブリッジと呼ばれるオースチンA50が誕生します。
当時としては画期的であるといえる贅沢な装備が満載となっていたのがこのオースチンA50の大きな特徴です。
オースチンA50のインテリアには、ラジオ・ヒーター・時計・シガレットライター等が標準で装備されていましたので、運転中でもまさに快適この上なし。
さらに、ツートンカラーに彩られたドア内張りやシート。
また、オースチンA50のシートは高級ウール素材で作られていましたし、これまたウール素材が使用されたカーペット等で豪華さをも演出していたのです。
オースチンA50の心臓部には、最高出力50psを誇る4サイクル4気筒1500ccエンジンが搭載されていました。
また、足回りにはコイル式スプリングと油圧式ショックアブソーバーが採用されていました。
これにより、オースチンA50は余裕の動力性能と優れた乗り心地を兼ね備えていたのです。
そんなオースチンですが、誕生から4年後の1956年10月にすべてのパーツが日本製となり完全国産化がなされます。
しかしながら、1958年2月を以って生産が終了となり姿を消して行く事になったのです。
尚、オースチンの後継モデルは日産セダンモデルの代名詞ともいえるセドリックになります。
